戦国好きのつぶやき

城

2018年02月01日:配信


私は歴史の中では戦国時代が好きなのですが

最近では男性だけでなく、女性も歴史好きな方が増えて嬉しい限りです。

どうやら戦国アニメの影響が大きいようですね。

※それにしても美形に描かれていて美化が過ぎるのでは。。。


近年では戦略がマーケティング理論の参考にもされていたりしますので、色々考えさせられますね。

そして改めて「やはり昔の方々はすごかったんだなぁ~」と感心するばかりです。


そんな歴史ですが、

嘘か真か、意外にも身近に偉人の伝承が残っていたりするものです。

そんなお話しを今回はご紹介したいと思います。

ご興味ある方は、ご覧になってみてくださいね。


皆さんは石田三成という人物をご存じですか?


戦国最大規模の戦である「関ケ原の戦い」で、実質西軍の指揮官として、

徳川家康を中心に構成された東軍と戦った人物です。

この戦いの後、勝者である徳川家康は強大な権力を手に入れ、幕藩体制確立への道筋が開かれることになり

一方で豊臣政権は統一政権の地位を失い、西軍に加担していた諸将も様々な刑を受ける事になります。

石田三成は京都の六条河原で処刑され、一族も他家に引き取られるなど各地に散っていきます。


この石田三成の子孫が兵庫県にいる!?というのです。

※専門家の方が調べた訳ではなく、あくまで口頭伝承ですのでご注意ください


石田三成とは?

石田三成とは?
永禄3年(1560年)、石田正継の次男として近江国坂田郡石田村(滋賀県長浜市石田町)で誕生し、幼名は佐吉。
小姓として羽柴秀吉(後の豊臣秀吉)に仕え、秀吉子飼いの将として成長していきます。

石田三成の逸話と言えば幼少期の「三杯の茶(三献茶)」が有名です。
実は、この逸話自体が諸説あるのですが、私は石田三成という人物の性格や特性をよく表していると思います。

そして天正10年(1582年)に織田信長が本能人変で横死し、天下人として秀吉が台頭すると三成も側近として次第に頭角を現していきます。
豊臣政権下では五奉行として活動していました。


説としては、戦はあまり得意ではなく、後方支援や検地など優秀な行政官として活躍しており、
それが元で、武断派の大名とは折り合いが悪かったそうです。

ただ病を患った大谷吉継と分け隔てなく付き合うなど、
嫌う武将が多い半面、好かれる人にはものすごく好かれる人でもあったようです。

私の解釈ですが、非常に実直で尚且つロマンティストな人物だったのではと思います。

実直に秀吉の命令を聞き、秀吉のために生きてきた三成ですが
秀吉が没すると、ロマンティストの部分が顕著になります。

現在の社会にも通じるものですが、誰しも三成のように見返りもなく、
他人や他家のために尽くす事などできません。
それを自身と同じように「秀吉に恩があるから無償で奉公」できると思う辺りが
ロマンティストだと思いますし、戦国の世では不釣り合いな考え方のようにも思ってしまいます。

結果的には関ケ原の戦いで敗れ、六条河原で斬首されましたが
徳川家康は250万石、それに比べ石田三成は19万石という国力差を同盟などを用いて
同等に近い戦力にした事は、すごい事だと思います。
今でいうと上場企業に従業員10人くらいの会社が立ち向かうようなものです。

石田三成についての評価は様々ですが、ロマンティストな部分など人間味があり
私は大好きな武将の一人です。

意外なところに子孫?

兵庫県の中西部の山奥にある宍粟市山崎町の中でも山深い地区に
「石寺」という隠し名を持つ家系の方が今もいらっしゃいます。
※その方々の本来の姓は全く違います

なんでも石田三成の子が逃げて岡山の寺に逃げ込み、
さらにその寺から、その子を養子としてもらい育てたというのです。
石田の姓では、バレて追手が来るとも限らないため
「石田の寺」で「石寺」という隠し名になったとの事。

また、その方々の幼少期の家には
屋根裏に日本刀や長持(衣類などを入れる大掛かりな箱)があったそうです。
さらに同じ家系の方の家には家系図も残っていたそうです。
※お話ししてくださった方のお兄さんが実際に見に行かれたそうで、本人はご覧になっていません

あくまで口頭の伝承ですが、
真相はどうであれ、戦国時代が身近な場所に繋がっていると思うと
ロマンがありますね。

巡り合わせ

少しロマンティックな話ですが、
この石田三成の話以外でも紐解いていくと
大きな歴史の輪というか運命みたいなものを感じずにはいられない話というのは結構あります。

例えば、私の姓である「前田」は「前田利家」の家系らしいです。
※直系ではなく、枝分かれの末端です
ただ祖母がいうには、ちゃんと家系図が祖父の家まで来ているとの事。
第二次世界大戦の時に諸々事情あり、私は祖父の家に行った事すらないので、真偽は不明です。

また人見知りで我が道をいくタイプの私の子供が、妙に馬が合う親友が「羽柴」という姓であったりします。
※説明は割愛しますね

さらにデザイナーとして活躍してくれている私の相棒の先祖は
戦国時代に前田家に仕えていたらしいです。
400年以上経過して、再び一緒に活動できていると考えると感慨深いものがありますね。

まとめ

いかがですか?
皆さんの身近にはこのようなお話しはありませんか?
Webの話ばかりではなく、息抜きに違うテーマで投稿してみました。
※個人的に、かなり息抜きになりました(笑)

私が今、一緒に仕事をさせていただいている方や取引先、お客様などで出会う方々も
もしかすると大昔のご先祖様同士で一緒に仕事をしていたのかもしれません。
そう考えると人との出会いをもっと大切にしなければいけませんね。
いつもご縁に感謝です。

この手のお話しは、家系以外に口外してはならないというような
暗黙のルール的なものがあるようですので、
身内のご高齢の方にお話を聞いてみると
意外と出てくるかもしれませんよ。

私もお客様先や地方の方とお話しをする機会がありますので
またこのような伝承や逸話があればご紹介させていただきますね。
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